熱中症にご注意を!-その予防と対策ー

  総務省の報告では、平成25年夏期(6月~9月)の全国における熱中症による救急搬送人員は58,729人でした。これは、6月から調査を開始した平成22年以降、これまで最多であった平成22 年の56,119人を上回る搬送人員数となりました。救急搬送人員の年齢区分をみると、高齢者(65 歳以上)が27,828人と最も多く、次いで成人(18歳以上65歳未満)23,062人、少年(7 歳以上18歳未満)7,367人、乳幼児(生後28 日以上7 歳未満)466人の順となっています。これからの季節、やはり熱中症に対する対策が重要となってきます。

1.熱中症とは?

 高温の環境にさらされたり、運動などによって、体の中でたくさんの熱を作ることによって、体温調節が不良となり、体の不調をきたす病気です。熱中症は気温の高い夏季に発生が集中しており、重症になると死に至る危険性の高い病気ですが、予防法を知っていれば防げますし、応急処置を知っていれば救命できます。原因は①熱波により高齢者に起こるもの。②幼児が高温環境で起こるもの。③暑熱環境での労働で起こるもの。④スポーツ活動中に起こるもの、などがあります。また熱とともに、筋肉障害や脱水の影響も大きいことが特徴です。

2.熱中症はどうして起こるのでしょうか?

 もともと私たち人間は、運動や日常生活で身体を維持することで常に熱が産生されますが、同時に、私たちの体には、異常な体温上昇を抑えるための、効率的な調節機構も備わっています。暑い時には、自律神経を介して末梢血管が拡張します。そのため皮膚に多くの血液が分布し、外気への「熱伝導」による体温低下を図ることができます。また汗をたくさんかけば、「汗の蒸発」に伴って熱が奪われますから体温の低下に役立ちます。こうして私たちは体温調節をおこなっています。しかし気温が高くなると、皮膚から空気中へ熱の放出が難しくなり、さらに湿度が高くなると、汗の蒸発も少なくなり、発汗による体温調節もできなくなり、熱中症を発症します。特に体温調節機能が低下している高齢者や体温調節機能がまだ十分発達していない子供に発生しやすいことが特徴です。

3.熱中症はどのような時に起こりやすいのでしょうか?

 熱中症が起こるかどうかは環境と身体の調子によります。環境としては高温・多湿、風が弱い、日差しが強い場合に起こりやすく、具体例では工事現場、運動場、体育館、一般の家庭の風呂場、気密性の高いビルやマンションの最上階などで多く起こります。また身体の調子としては激しい運動や労働で、身体に過剰な熱が産生されたり、脱水状態、高齢者、肥満、普段から運動をしていない人、暑さに慣れていない人、心臓疾患、糖尿病、広範囲の皮膚疾患などの病気のある人に発症しやすいと言えます。

4.熱中症の症状は?

 熱中症の程度にもよりますが、軽症(Ⅰ度:現場での応急処置で対応できる)では、こむら返り,立ちくらみ,四肢・腹筋の痙攣など(熱痙攣・熱失神)で、中等症(Ⅱ度:病院への搬送を必要とする)では、強い疲労感,めまい,失神,頭痛,嘔吐,下痢,体温上昇,皮膚蒼白,血圧低下,発汗などをきたします(熱疲労)。さらに重症(Ⅲ度:入院して集中治療が必要)では、38℃以上の高熱と脳障害(意識障害,せん妄)、肝・腎機能障害、血液凝固障害などをきたします(熱射病)。

              熱中症の症状と重症度分類  

 5.熱中症の治療は?

 応急処置としては、①休息:安静を保てる日陰へ運ぶ。衣服をゆるめたり、場合によっては脱がせる。②冷却:涼しい所で休ませる。必要に応じて冷却する。③水分補給:意識がはっきりしている場合に限り、水分補給を行う。意識障害や吐き気があれば点滴が必要。また明らかな熱中症と考えられたら、病院へ搬送することが重要です。診断の上、点滴などを行い、意識障害があれば、至急救急車で搬送します。発症後20分以内に体温を下げられれば、かなりの確率で救命できると考えられます。

6.熱中症の予防は?

 ①熱中症について知っておく事、②暑い時、暑い所で運動しない事、③急な暑さ、湿度は要注意、④失った水分と塩分は補充する事、⑤服装は薄着で、⑥体調不良、睡眠不足、二日酔いでは無理しないこと、⑦具合が悪くなったら、応急処置、です。

 地球温暖化や、熱エネルギーを産生する電化製品などの使用の増加に伴って、年々気温が上昇してきています。またここ数年間の夏の異常気象で、熱中症による死亡者数が、著明に増加しました。さらに様々な電力事情により、節電が必要となり、熱中症に対する対応が益々重要となると考えられます。皆さん、熱中症に関する知識をまとめて、予防しましょう!

参考:WBGT値と気温相対湿度の関係 (神奈川労働局 健康課冊子より)

 WBGT(Wet-Bulb Globe Temperature:湿球黒球温度(単位:℃))は、労働環境において作業者が受ける暑熱環境による熱ストレスの評価を行う簡便な指標です。暑熱環境を評価する場合には、気温に加え、湿度、風速、輻射(放射)熱を考慮して総合的に評価する必要があり、WBGTはこれらの基本的温熱諸要素を総合したものとなっていますが、かなり複雑です。ここでのWBGT はその日の最高気温時の気温と湿度から推定されるものとして示してあります。(ここで28~31℃は28℃以上31℃未満の意味) 

 

 

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『生活習慣病をよく知り、予防と早期発見で健康生活!』(平成26年3月8日 平成会総会記念講演から)

 平成26年度の平成会の年間テーマは「生活習慣病をよく知り、予防と早期発見で健康生活」です。生活習慣病とは過去には「成人病」とも呼ばれていました概念で、体の負担になるような生活習慣を続けることによって、引き起こされる病気のことです。代表的な疾患は「肥満」、「高血圧」、「脂質異常症」、「糖尿病」です(図1、図2)。以前は、成人がかかりやすかったのですが、食生活や生活習慣の変化によって、病気の低年齢化が進み、今や子供でもかかるほどです。   これらの生活習慣病は、初期段階では自覚症状が出にくいものもあり、気がつかずに放っておくと心筋梗塞や脳梗塞などを引き起こし、死につながる可能性があります。我が国の死亡原因を見ますと、1位が悪性新生物(癌)、2位が心疾患、3位が肺炎、4位が脳血管疾患です。さらにこれら生活習慣病はその疾患をいくつも同時に合併していますと、狭心症や心筋梗塞などの冠動脈疾患の発症の危険性が増加します。生活習慣病が全くない人の危険を1としますと、生活習慣病を1つ罹患している方は5.1倍、2つ罹患している方は9.7倍、3~4つ併発している方はなんと危険は30倍以上となります。我が国の死因のうち、心疾患、脳血管疾患はおよそ全死因の約3分の1を占め、その原因は生活習慣病です。従って、この生活習慣病をよく知り、予防・早期発見を行うことが、健康を保ち、「元気で長生き」をするための最も重要なことであると思います。

 様々な病気が発病する原因には①加齢を含めた「遺伝的要因」、②病原体、有害物質、ストレスなどの「外部環境要因」、③食習慣や運動習慣といった「生活習慣要因」の3つにわけることができます(図3)。生活習慣病はまさにこの③による典型的疾患と言えます。また日本人は農耕民族であり、飢餓の時代に生存に有利であった体質、つまり「倹約遺伝子」を持つ頻度は欧米人に比べて高率と報告されています。このため日本人は少しでも太ると、生活習慣病を発症しやすいと考えられています(図4)。

 

 【肥満】

 肥満は体内の脂肪が一定以上になった状態のことで、肥満の判定は通常、身長と体重から計算されるBMI(Body Mass Index:肥満指数)で行われます。BMI(=体重(kg)/(身長(m)×身長(m)))が25以上の場合を肥満と判定し、これに肥満に伴う健康障害を合併した場合に「肥満症」といいます。厚生労働省「国民健康・栄養調査結果の概要」(平成23年度)によると、日本人の肥満の割合は男性30.3%、女性21.5%となっています。年代別にみると、男性では40歳代が34.8%と最も高く、次いで50歳代が33.4%となっています。一方、女性は年齢が上がるにつれて肥満の割合が高くなり、70歳以上で26.4%と最も高くなっています。また肥満には内臓肥満型(りんご型:腸間膜などに脂肪が蓄積され、ウェストのあたりが太るタイプで男性に多い)と皮下脂肪型(洋なし型:下腹部や太もも、お尻などに脂肪がつくタイプで女性に多い)の2つのタイプに分かれ、内臓肥満型のタイプが危険な肥満と考えられています(図5)。肥満の予防は、食事、運動、禁煙が重要です。

 

 【高血圧】

 血圧は血管内の圧力のことで、高血圧とは動脈に異常に高い圧がかかる状態です。基準は基本的には収縮期血圧(いわゆる「上の血圧」)140mmHg以上あるいは拡張期血圧(いわゆる「下の血圧」)90mmHg以上の場合(家庭血圧ではこれらの値より5mmHgを差し引いた値)を高血圧と言います。平成23年国民健康・栄養調査報告によりますと、収縮期血圧が140mmhg以上の高血圧患者の割合は男性36.9%、女性27.4%です。治療の目標値は数年に1回日本高血圧学会からガイドラインにより示され、2014年のガイドラインでは図3のように決定される予定です(今後変更があるかもしれませんが、現状ではこの値です)。高血圧の予防は、①食塩制限(目標1日6g未満)、②食塩以外の栄養素(野菜・果物・魚を積極的に摂取、コレステロ-ルを控える)、③適正体重の維持(目標BMI 25未満)、運動(中等度の有酸素運動を毎日30分以上が目標)、④節酒(エタノール換算で男性20~30mL/日、女性10~20mL/日以下)、⑤禁煙であり、これらで改善しない場合には、投薬を受けて血圧をコントロールすることが必要です。

 

【脂質代謝異常症】

 脂質異常症とは、血液中の脂質、具体的にはコレステロールや中性脂肪が多過ぎる病気です。中性脂肪やコレステロールが高い脂質異常症患者は潜在患者も入れると、約2,200万人と推定されています(平成12年厚生労働省循環器疾患基礎調査)。脂質異常症はLDLコレステロール(悪玉コレステロール)が140mg/dl以上、HDLコレステロール(善玉コレステロール)が40mg/dl未満、中性脂肪(トリグリセリド)が150mg/dl以上の場合で、予防は食事と運動です。

 【糖尿病】

 糖尿病患者は平成19年の国民健康・栄養調査によると、「糖尿病が強く疑われる人」が890万人、「糖尿病の可能性を否定できない人」が1,320万人であり、全体で約2,200万人と推定されています。さらにその約40%の患者は未治療と考えられています。1955年当時と比較すると、なんと30倍以上に増加し、まさに国民病と考えられます。その予防はやはり食事と運動につきます。また日本糖尿病学会では平成25年4月からHbA1cの値をこれまでの日本の基準値(JDS:Japan Diabetes Society)から国際基準値(NGSP:National Glycohemoglobin Standardization Program)へと変更し、HbA1cが6.5%以上を糖尿病と診断する事になりました。またこれに伴って、糖尿病治療におけるHbA1cの目標値を図4のように改定しました(図7)。

 

      生活習慣病をよく知り、予防と早期発見で健康生活! を目指しましょう!

             平成26年3月8日 平沼クリニック院長 大畑 充

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感染性胃腸炎が大流行ーその対策ー

大流行の感染性胃腸炎に注意!(過去5年間で最大の流行)

 【感染性胃腸炎とは?】 感染性胃腸炎は、ウイルスや細菌の感染によって、嘔気・嘔吐、下痢、腹痛、発熱などの症状を呈する感染症です。原因はノロウイルス、ロタウイルス、エンテロウイルスなどのウイルスや、サルモネラ、腸炎ビブリオ、病原性大腸菌、キャンピロバクター、ブドウ球菌などの細菌の感染です。夏には細菌性のものが多く見られますが、秋から春、特に冬の感染性胃腸炎はウイルス性、主にノロウイルスによるものがほとんどです。食中毒は夏に多いと思われがちですが、冬にも大流行しています。ノロウイルスによる感染性胃腸炎は、食品を介して感染する食中毒の形と食品を介さないで感染する場合とがあります。横浜市では2013~2014年の冬は過去5年間で最大の流行です。

 【ノロウイルスとは?】 ノロウイルスは1968年にアメリカオハイオ州のノーウオ―クで、集団発生した食中毒で発見されたウイルスで、小さな球形をしたウイルスで、その大きさはわずか38ナノメートル(ナノは1mmの100万分の一)という小さなもので、通常の顕微鏡では見えません。また人間の体内以外では増殖しません。

 【ノロウイルスの感染経路】 ノロウイルスの感染経路はほとんどが経口感染(口から体内に入って感染)です。このウイルスは汚染された食品(主に生の貝類)や、感染した患者が吐いたものや便の中に大量に含まれています。感染性が強く、数百個のウイルスを口にいれるだけで感染すると考えられています。東京都健康安全研究センターでの実験では、吐物を1mの高さから落下させると半径2m程度まで飛散すること、80cmの高さから落下させるとウイルスは1時間後も空気中から検出されたと報告しています。現在のところ、感染経路は以下のように考えられています。①ウイルスに汚染された貝類などを、生あるいは十分に加熱しないで食べた場合  ②調理に使用した器具がウイルスに汚染されていたり、感染した人が食品を触ったりすることによって、ウイルスの汚染された食品を食べた場合  ③感染者の吐物や便を触ることによって感染したり、これらが消毒されないまま長く留まって 空気中に飛んで、これを吸い込んで感染する場合

 【ノロウイルス感染の症状】 感染すると1~2日で発症します(もちろん発病しないこともあります)。主な症状は嘔気・嘔吐、下痢、腹痛、発熱などで、発熱は軽度のことが多いようです。症状は通常2~3日で改善します。下痢や嘔吐により急激に水分を失いますので、高齢者や乳幼児では脱水症状に注意が必要です。

 【ノロウイルスの診断】 診断は一般的には臨床症状から診断しますが、原因がノロウイルスかどうかは、糞便の抗原を調べる迅速キットが使用されています。検出感度は約80%程度です。また保険で検査ができるのは、重症化しやすい3歳未満の乳幼児と65歳以上の高齢者のみです。その他の年齢の患者さんが検査する場合には自費となります。

 【ノロウイルス感染の治療】 ノロウイルスに効果のある抗ウイルス薬は残念ながらありません。主な治療は市販のイオン飲料などで十分な水分を補給することです。嘔吐が強く水分が取れない場合には受診して点滴などが必要です。下痢止めは体内にウイルスを留まらせ、回復を遅らせる可能性があるため、なるべくは使用しません。回復してからもしばらくは患者の便からはウイルスは検出されます。

 【ノロウイルス感染の予防】 インフルエンザウイルスとは異なり、残念ながらアルコール消毒では死滅しません。消毒には薄めた市販の塩素系漂白剤(通常は5から10%次亜塩素酸ナトリウムで、50倍から100倍に薄めて使用)やクレベリンを使用します。吐物や便を触るときには手袋を使用し、吐物のついた場祖は塩素系漂白剤をつけたペーパータオルをかぶせて消毒します。日常の予防方法としては、食事前やトイレの後には、石鹸でしっかりと手を洗うことが重要です。また食品中のウイルスは85℃以上で1分間で死滅するので、加熱して食べることです。

 【学校保健安全法での取り扱い】 学校保健安全法では、出席について明確には定められた疾患ではありません。登園・登校は、嘔吐・下痢がおさまるなど、患者さんの体調の回復を持って一般的には許可します。しかし症状が消失した後も、しばらくは便中にウイルスが排出される可能性があるため、回復後も十分な手洗いが必要です。

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「インフルエンザの予防と各種予防接種の話」(12月7日・平成会・健康教室より)

 またインフルエンザの流行の季節が到来しました。今回はインフルエンザに関する話とその予防、またその他各種予防接種の意義について、お話しさせていただきます。

【インフルエンザの症状】インフルエンザと通常の風邪の大きな違いは、インフルエンザは発病が突然で、高熱、頭痛や全身の痛みを伴い、いわゆる風邪症状(のどの痛み、鼻水、咳や痰など)はこの後に出現してくることが多いという点です。大多数の人は特に治療を行わなくても、1~2週間で自然治癒しますが、抗インフルエンザ薬の投与により、発熱期間は短縮し、重症化も予防されることがわかっています。流行期間は11月~4月ですが、2009年に新型インフルエンザが発生して以来、小規模ながら、1年中発生しています。

【インフルエンザの種類】(図1、図2) インフルエンザにはA型、B型、C型の3種類があります。このうちB型とC型は1種類ですが、A型は、ウイルス遺伝子の表面にある赤血球凝集素(HA:haemagglutinin)とノイラミニダーゼ(NA:neuraminidase)という糖蛋白(人間の指紋のようなものと思って下さい)の組み合わせによって、数十種類のウイルス亜型が存在します。HAはH1~H16の16種類、NAはN1~N9の9種類あり、これらの組み合わせにより多種類のウイルスの亜型が存在するわけです。2009年に大流行したいわゆる新型インフルエンザはH1N1の変異株でしたが、新型インフルエンザワクチンの接種や、多くの国民が新型インフルエンザに羅患したことにより、多数の方が免疫を獲得したため、通常の季節型インフルエンザと異なる流行は確認されておりません。このため2011年3月に様々な規制のある「新型」という名称は廃止され、インフルエンザ(H1N1)2009と変更され、通常の季節性インフルエンザと同等に扱われることなりました。2013年3月、中国で鳥インフルエンザが発生し、H7N9亜系A型インフルエンザによる流行と判明しました。現在の所ヒトからヒトへの直接感染は確認されていませんが、、日本人にはほとんどこのウイルスに対する免疫は無いと考えられています。原因となる動物(自然宿主)は不明ですが、市場で売られている生きている鳥類の可能性が高いと考えられています。これまでに感染者は136人で、45名が死亡したとWHOに報告されています。 

 

【インフルエンザの予防】(図3、図4)インフルエンザの予防は帰宅時のうがい、手洗い、流行前のワクチン接種、適度な湿度の保持、十分な休養と睡眠が重要です。特に高齢者や妊婦は、インフルエンザに罹患しますと、重症化することが多く、ワクチンの接種をお勧めします。図3に示しましたように、インフルエンザ患者の死亡者は大多数が65歳以上の高齢者です。妊婦や授乳者へのワクチン接種は、妊娠中にワクチン接種を受けたことによって流産や先天異常の危険性が高くなるという報告はありません。また母乳を介してお子さんに影響を与えることはないので、授乳中の患者には問題ありません。またインフルエンザのワクチンと他のワクチンの接種間隔は図4に示した通りです。

【予防接種とは?】 様々な感染症は、細菌やウイルスが体内に侵入し、その力が身体の免疫力を上回った場合に発病します。従って免疫力が勝れば感染症は発症しません。このような免疫力をあらかじめ人為的に投与する事が予防接種であり、その手段がワクチンです。予防接種は、各種の病原菌に対して免疫を持たない場合や免疫の増強効果(ブースター効果)を目的とする者に対して行われるもので、感染予防、発病予防、重症化予防、感染症のまん延を予防する事を目標とします。

【ワクチンとその種類】(図5)  ワクチンとは、人間が本来持っている「病原体に対する抵抗力(免疫)」のシステムを利用して、これらのさまざまな感染症に対する「免疫」をあらかじめ作らせておく製剤のことです。ワクチンには病原性や毒性を弱めた病原体そのものを使用する「生ワクチン」、様々な処理によって病原性や毒性をなくした病原体やその成分で作成した「不活化ワクチン」、病原体の毒素のみを取り出し、その毒性をなくし、免疫原生のみを残したトキソイドがあります。生ワクチンは免疫力が強く、効果も長期間持続しますが、不活化ワクチンやトキソイドは効果の持続は短く、数回の接種が必要です。

【肺炎球菌ワクチン】肺炎は平成23年度の死亡原因のなかで、51年ぶりに第3位となりました。この肺炎の原因の約40%を占めるのが肺炎球菌です。肺炎球菌は抗生剤が効きにくい多剤耐性肺炎球菌が増加(30~50%は抗生剤に耐性)しています。肺炎球菌ワクチン(ニューモバックス)は80種類ある肺炎球菌のうち、感染機会の多い23種類の肺炎球菌に対して有効であり、1回接種で5年以上有効とされています。65歳以上の高齢者には接種が推奨されます(図6)。

 【帯状疱疹に対するワクチン】水痘(水ぼうそう)ワクチン:水痘のウイルスと、帯状疱疹ウイルスは同じウイルスであり、水痘ワクチンを打つことによって、帯状疱疹の免疫力が上がるといわれています(アメリカでは60歳以上で推奨され、発症・症状が50%程度になる。日本では現在の所、適応はないが、接種は可能)(図7)。 

 MR(麻疹・風疹)ワクチン】2013年は風しんが大流行しました。妊婦が風しんにかかると、胎児に奇形(心臓病、難聴、白内障など)を起こすことがあります。大人になってかかると、重症化(脳炎や血小板減少性紫斑病など)することがあります。また麻しんワクチンも1回接種であれば、免疫力が落ちており、風しん、麻しん両者の接種が望ましいと考えられます(図8)。

 【子宮頸癌ワクチン】 子宮の入り口部分(子宮頸部)にできるがんで、若い女性(20歳から39歳)にかかる癌の中では乳癌に次いで2番目に多い癌です。子宮頸癌はヒトパピローマウイルス(HPV)の感染が原因です。HPVには100種類以上のタイプがあり、そのうちHPV16型・18型が子宮頸癌の50~70% とされています。主に性行為によって感染し、約50%の女性が生涯に一度は感染し、感染しても多くは自然排出されます。子宮頸癌の約50%はワクチンで予防できます。ワクチンは2種類あり、2価(HPV16型・18型)、4価(16型、18型と尖圭コンジローマの主な原因となる6型、11型を含む)があります。しかし現在は、厚生労働省は積極的には推奨していません(持続的な痛みを訴える重篤な副反応の報告がある(100~数百万接種に1回)。各個人が有効性とリスクを十分に理解した上で、接種を決定すべきと考えられます(図9)。  

 B型肝炎】(図10、図11)1995年頃までは成人がB型肝炎に罹患した場合、約30%の人が急性肝炎を発症します。そのうち約2%が劇症肝炎となり、劇症肝炎を発症すると約70%が死亡します。しかしほとんどの人は治癒し、慢性化(キャリア化)する人はごく一部でした。それはこの頃までのB型肝炎ウイルスの遺伝子型が、日本本来の遺伝子型Bと遺伝子型Cがほとんどであったためです。しかし1996年以降、成人になって感染しても慢性化しやすい欧米や中央アフリカ型である遺伝子型AのB型肝炎が増加してきており、慢性化する確率が高くなっており、注意が必要です。この予防にはワクチン接種が有効です。ワクチン接種は①母子感染予防②成人感染予防③汚染事故感染予防(主に医療従事者が、注射や採血の際に起こす針事故)の3種類がありますが、その接種方法は図11に示しました。

 季節がらインフルエンザワクチンの接種をお勧めします。またその他各種のワクチンの意義を理解して、必要と感じられるワクチンの接種をお考えください。

                       文責:2013年12月7日 平沼クリニック院長 大畑 充

 

 

 

 

 

 

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ピロリ菌と胃の話-最新の話題-」ー胃癌撲滅元年のスタートへー

 

「ピロリ菌と胃の話-最新の話題-」ー胃癌撲滅元年のスタートへー

(平成25年9月7日・平成会・健康教室から)

  様々な研究から、胃癌の最も大きな原因として、ヘリコバクター・ヒロリ菌(以下ピロリ菌と省略します)が関連してことがわかってきましたが、これまでは保険でピロリ菌が胃の中に感染しているかどうかを検査したり、さらには除菌ができるのは胃潰瘍・十二指腸潰瘍、早期胃がんの内視鏡的治療後、胃MALTリンパ腫、特発性血小板減少性紫斑病の患者さんに限られていました。しかし平成25年2月21日から「内視鏡検査において胃炎の確定診断がなされた患者」まで適応となり、ついに胃炎の患者さんに対してもピロリ菌の検査・治療が可能となりました(図1)。これにより日本人の胃癌は将来かなり減少する事が期待されます。

 ピロリ菌は正式にはヘリコバクター・ピロリという細菌です。菌の長さは約4ミクロン(4/1000mm)の、右巻きにねじれたラセン形の菌で、4~8本のべん毛が生えています。胃の粘膜(上皮と粘液の中)に好んで住み着いて、粘膜の下にもぐりこんで胃酸から逃れています。名前の由来の由来は「ヘリコ」は「らせん」という意味で「バクター」は「バクテリア(細菌)」という意味、「ピロリ」は「胃の出口(幽門)」という意味で胃の出口(幽門)に住む、らせん形の細菌ということになります。胃の中には胃酸があるため、通常の菌は生きていけません。ピロリ菌は「ウレアーゼ」という酵素を持っており、ピロリ菌はこの酵素によって胃の中の尿素という物質からアンモニアを作り出します。アンモニアはアルカリ性で、このアンモニアが胃酸を中和するのです。そのようにしてピロリ菌は自分の周りに中性に近い環境を自分で作り出すことができるので、強酸性の胃の中でも生きていられるのです。図2に各国のピロリ菌の感染率を示します。ピロリ菌の感染率は発展途上国で多く、先進国で少なく、特に上下水道の普及率の悪い国で高くなっています。また日本の感染率は先進国の中では極めて高く、これに伴って胃癌患者も世界の中で多い国の一つとなっています。ピロリ菌の感染率はほぼその年齢と同じ%(50歳の人は約50%、60歳の人は約60%)程度ですが、近年感染率は低下しつつあります。

  ピロリ菌は胃内に感染するとほぼ100%、胃炎(萎縮性胃炎)を起こします。この状態が何十年間経過して、次第に胃の粘膜の萎縮が進行して胃癌発症へと進むと考えられています。またピロリ菌は胃・十二指腸潰瘍の大きな原因となっていますし、さらには胃MALTリンパ腫や胃ポリープ(過形成ポリープ)の原因と考えられており、除菌によって、これらの疾患はかなり改善します。ピロリ菌は胃だけの感染症と考えられがちですが、全身の感染症とも考えられております。血小板減少性紫斑病、鉄欠乏性貧血、慢性蕁麻疹とも関係すると考えられています(図3)。

  実際当院で経験した萎縮性胃炎や胃過形成ポリープを除菌して1年後に胃内視鏡検査を行うと、胃の粘膜はかなりきれいになり、またポリープも消失した患者さんもいます(図4、図5)。

  また胃癌とピロリ菌との関係では、日本から様々な論文が報告され、ピロリ菌の除菌によって、およそ胃癌の発生は3分の1程度に抑えることが可能と推測されています(図6、図7)。

  しかしピロリ菌を除菌すれば、胃がんを完全に予防できるわけではありません。ピロリ菌を除菌した後も、年率約0.4%程度の方が胃癌となります。これは様々な考えがありますが、胃粘膜の萎縮の程度が強い(つまり胃炎の経過が長く、進行した胃炎)方が胃癌になりやすいと考えられています(図8)。

  ピロリ菌の感染は図9のように考えられております。最も大きな原因は親からの経口感染、特に母親からの経口感染が最も多いと考えられています。

 では、除菌はいつ行ったらよいのでしょうか?すでに記載しましたように、胃粘膜の萎縮が進んでいない方が胃癌発生は少なく、またピロリ菌の感染は幼少時の経口感染が主な感染と考えられております。さらに日本ヘリコバクター学会のガイドラインでは「ピロリ菌感染症はすべて除菌療法が行われるべきである」と提言しています。しかし現状では薬剤の適応から成人にしか保険上は除菌できません。このような現状では、成人で可能な限り若い時期に胃内視鏡検査を受けて、胃炎の所見がある場合にはピロリ菌検査・除菌を行うのが最も有効な方法であると考えられます。胃癌による死亡者数は癌による死亡者数(約30万人)の中の第2位で、年間約5万人です。さらにこの死亡者数は過去40年間ほとんど変化しておりません。2次予防の胃検診は重要ですが、ピロリ菌除菌による1次予防がさらに胃癌を減少させる有効な方法と考えられます。B型肝炎やC型肝炎は感染症であり、そのウイルスを駆除する事によって、肝臓癌を減らすことができています。また子宮頸がんの原因であるヒトパピローマウイルス感染をワクチンで予防する事によって、子宮癌の予防になると考えられています。従って、発癌物質であり、感染症であるピロリ菌を除菌することは胃癌発症の一次予防となると考えられ、胃炎の除菌が保険適応になった今年は、胃癌撲滅元年と言えるかもしれません。(文責:平沼クリニック院長 大畑 充)

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